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体や音楽や言葉が生み出される創造世界は、治癒の起こる場でもある

体や音楽や言葉が生み出される創造世界は、治癒の起こる場でもある

昨日4月21日(水)は、ポエトリー・リーディングをされている方々が参加されての、ワークショップを開きました。
お題は「体、音、歌、言葉がひとつだった世界との共鳴」。

前回、3/29の「足で語り、手で歌う〜頭と体をつなぐ体験WS」をリクエストくださったさとうまみさんが、ポエトリー・リーディングのお仲間とご一緒に再訪してくだしました。まみさん、ありがとーん。

「体、音、歌、言葉がひとつだった世界との共鳴」とは、体や音楽や言葉が生み出される創造原理にふれること。
けれど、法則や原理を理解するだけでは、使うことのない外国語の文法を勉強するようなもの。
その場、その瞬間の体験で、体や音楽や言葉が生み出される創造原理にふれると何が変わるのかを、感覚の変化、動きの変化でとらえていきます。

内的で微細な変化は、どう感じたかを問いかけ、脳を内側に働かせて、差分をとっていくことで、気づきが生まれます。

体験する側は、新しい動き、意識、声、感覚を同時に使っていくので、あたふたします。あたふたしながらもだんだんスムースになり、さらに感覚を言葉にしようとすることで、いっぱいいっぱいになります。

これが変性意識の中でも、フローと呼ばれる状態。感覚がドバッと開き、やることに集中している状態です。
難しいことをしすぎると、難しさに気を取られるので、動きや声、言葉そのものはシンプルで意味づけの少ないものが良いです。

「世間」に合わせるべく頭で考えがちだったり、反対に「世間」が苦手で内側と外側が引き裂かれてしまうことってありませんか?
フロー状態は、そのどちらも解消してくれます。

スムースさが出て、体の強さ、静けさが出て、いっぱいいっぱいの回路がどこかでつながった瞬間、その人は自ら、創造原理にふれています。

創造原理はつねにわたしたちとつながっていますが、わたしたちの方からふれにいくことは、日常生活では少な過ぎるのもしれません。

創造原理とつながった瞬間、その人は、ご自身でつながった感覚がわかります。理解や習熟とは違う、パズルが組み合わさったような感覚。
これがゾーン状態です。注意深く見ていれば、周囲にも伝わります。

この時、その人の顔には魂の輝きが現れ、宇宙は喜び、もちろんわたしもこの瞬間が一番嬉しい。

フローやゾーンは、極限の集中力を必要とする演奏、ダンス、スポーツ、その他競技ではおなじみで、観る側はゾーン状態での表演に感動します。

誰にもでもフロー状態、ゾーン状態を呼び起こすことができ、ご自身の生活、立ち振る舞い、言葉、音楽や運動に、創造原理とつながる感覚が生まれ、より喜びを持って、より創造的に続けることができるようになります。

わたしがなぜ施術と並行して、こういうワークショップをやっているか。

それは、
「体や音楽や言葉が生み出される創造世界は、治癒の起こる場でもある」
から。

創造原理を抽象的にいえば、収縮と拡がりを繰り返しながら循環する力の流れです。ここに、極性と軸性が生まれます。

循環する力の流れに、「わたしである」という意識はあるでしょうか。

葦江個人は、「わたしである」というI AM意識がなければ宇宙は顕現しないと考えているので、循環する力の流れに自己意識を見出します。自己意識は、物理的は空間軸や回転の中心軸とは異なる、思いの軸性を生みます。

思いの軸性が、わたしたちに意識の進化と時間の流れを与え、心を与えているのだ、というリアリティにわたしは生きています。そして、そのリアリティを共有できる友人が増えるといいな、と願っています。

ヨハネの黙示録の中に、「わたしはアルファであり、オメガである」という言葉があります。循環する力がもつ自己意識、思いの軸性は、この言葉に集約されるように感じています。

この言葉を知った最初は、アルファとオメガを、収縮と拡がりの両極性だけでとらえていました。
天使館でオイリュトミーを学び、深めていくにつれ、この言葉の深い意味を感じるようになりました。

ワークショップでは、二つの和歌を取り上げ、そこに出てくる「うつせみ」を、自分の体に仮象します。万葉集と古今集、時代の離れた二つの和歌に出てくる「うつせみ」は、同じ言葉でも、思いの実体が、まったく異なるのです。

この違いを、和歌の解釈ではなく、アルファの体とオメガの体で体感するための3時間でした。

こういうワークショップは、「これをお持ち帰りできます」というような、はっきりした成果にはなりません。逆に、えも言われぬ空間が生まれたり、どこかで忘れてきたものを思い出すような感覚、そして新しい自分とのつながりを見つける瞬間があります。
この感覚が、結果として、自己治癒の力をその人に呼び起こすことを、なんども見てきました。

参加くださった方は、力の抜けた素敵な方々で、真剣に取り組んでくださり、何か「えも言われぬもの」をそれぞれ「うつせみ」の皮膚にまとってお帰りいただいたように感じています。

茜染めが似合い、所作が美しいTさん、重心が高く声の綺麗なYさん、笑顔と骨格が印象的なNさん、そして体幹が強く眼力がクリアなまみさん。ありがとうございました!