作成者別アーカイブ: holistic-web

「何をやったらいいのかわからないんです」

「何をやったらいいのかわからないんです」と相談を受けると、最初のうちは、何か答えなければならないという思いにかられていた。 現世的な職業であったり、元型の可能性であったり。 でも、そこに前提としてあるのは、「まだ何かを見つけられていない人」というレッテルだと気づいた。 生きがいをもって生き切る、何か、証明のような、根拠のようなものが、はたして必要なのだろうか。 レッテルも証明もどうでもいいと思える […]

さすらい人の夜の歌:ワークショップを振り返って

今年、最初で最後のワークショップを開催しました。 計12名。おひとり体調不良でドタキャン。11名。 でも、その後セッションを受けてくださって、あーこの方はセッションのほうが正解だったんだなあと。 シマウマの白を見るワークショップ。 簡単にいうと、しんどいことにとらわれているとき、さらっと目線を変えられるといいよね、という内容なんですが、何かを奮い起こしてポジティブになると、逆効果になっちゃうような […]

クリスマスにお花をいただく

ふふふ、自慢。 初めてボディートークのお客さまになっていただいたご夫婦と、こうしていまだに心の交流があることに、心から感謝。 12月は、不思議なセッションが多い。 今日は朝から大祓詞の写経をしていた。クリスマスなのに。 美しい万葉仮名。 一日のセッションが終わって、これまでの三年間のすべての出会いに思いをはせる。  いと高き所に、栄光が、神にあるように。  地の上に、平和が、御心にかなう人々にある […]

上級施術士としてできることのまとめ。

おかげさまでアメリカIBAが認定する上級施術士(AdvCBP)になれました。 わーい、ぱちぱちぱち。 ボディートーク施術士がクライアント様の体に聞いて情報探索し、バランスをとる項目は、おそろしく多岐にわたっています。 上級施術士は、従来の解剖生理学の単位を修得したうえで、ボディートーク情報探索チャートのすべてを把握し、統合して扱えるという証しのようなものだと考えています。 その証しを資格として持っ […]

12/23のワークショップについて【お詫び】【場所変更】

昨日は12/23のワークショップのご案内時にメール送信で不手際があり、大変申し訳ありませんでした。 反省、反省・・・。 ご参加希望の方は、11名となり、お断りするにしのびなく、急いでレンタルスタジオを探しました。 —————————————&# […]

2017年12月23日(土)の午後に、ボディートーク課外授業のワークショップを開きます。

お知らせです。 2017年12月23日(土)の午後に、ワークショップを開きます。 題して、「シマウマの白」を見るワークショップ。 14:00~17:00の3時間、参加費5,000円です。 「シマウマの白」ってなんのこっちゃ? という説明の前に、同じテーマについて書かれている本の話をしましょう。 試験を終えて家に戻ってみると、こんな本が部屋に置いてありました。 『脳を鍛えてブッダにある52の方法』 […]

旅の終わり

山中湖、朝日に照らされて富士が、湖面にも光を落としています。 水の上を走る光って、なんでこんなにきれいなんだろう。 こちらは、大阪の夜。 山中湖では、ひたすら音楽と体を追いかけ。 大阪では幾度となくボディートークのマニュアルを精読しては、テクニックのイメージに落とし込み、右脳と左脳の同時発火を訓練していました。 自我がなにも持てなくなるまで。 すべてを手放すまで。 旅の終わり、束の間の静寂。 この […]

すべては命の綱でつながっている

すべては生命の綱(The Web of Life)でつながっている。 というのが、わたしが社名にしている「ホリスティック・ウェブ」の由来です。 どこからいただいているかというと、フリッチョフ・カプラの著作『The Web of Life』が大元。 自らの構成員にとって、自らの本質、自らの存在そのものは、他の構成員との関係から導き出されるものである。相互依存、すなわりすべての生の営みがお互いに他者に […]

オイリュトミーとボディートークをつなぐもの

オイリュトミー(Eurythmy)は神秘学者のルドルフ・シュタイナーが提唱した運動芸術です。 ボディートーク(BodyTalk)はDr. ジョン・ヴェルトハイムが創設したヘルスケアシステムです。 まったく別モノなので、わたしごときが統合する必要はまったくなく、むしろ理論をまぜこんでしまうのは、よろしくないことのほうが多いでしょう。 でも、一日のうちで二つをやっていると、何かしら自分の中でつなぐもの […]

舞は声を根と為す

喉チャクラのことを考えていたら、世阿弥の『花鏡』にある「舞声為根(まひはこゑをねとなす)」という言葉に出会って、しびれた。 舞は声を根と為す。 一般的には「声」を「音」(謡または曲)ととらえて、その一体性を述べているのかもしれないが、オイリュトミーでは、もっと深く、生命力を生み出す根っことしての「声」、つまり振動や響きに立ちかえることに重きを置いているように感じる。 感情のシンプルな働きは、面の照 […]