マーケティング、セッション、お金の質問を受けて:自己/他者という補完関係を知ること、葛藤を引き受けること

マーケティング、セッション、お金の質問を受けて:自己/他者という補完関係を知ること、葛藤を引き受けること

これまでの人生をふと振り返ってみたら、古いものを壊すことと、奇天烈なことに取り組むのが好きなんだなあと思う。

今回のタイトルのような質問へのわたしの答えは、どうも一般受けしないようなので、独特なのかもしれない。

今までひっそりと、コラボでのWS以外ではほぼ一匹狼で、たいした集客も仕組み化もせずにセラピスト業を続けてきた。

最近人と関わることが増えたら、ご質問を受けるようになった。何かお役に立つならと、ブログでお答えできそうなことは答えようと思う。

今回のお題はこれ。お二人の方から。

  • ヒーラーとして開業するにあたって、「いわゆる」マーケティングを学ぶべきか。
  • ボディートークのセッションに祈りは不要か。
  • お金は見返りとしたら、純粋なエネルギーとしてのお金をどうとらえたらいいか。

わたしにはどれも同じようなことを聞かれているように思えたので、書いてみたい。


ヒーラーとして開業するにあたって、「いわゆる」マーケティングを学ぶべきか。

開業するにあたってのノウハウはそれこそネットにも本にもあふれているし、今はホームページでもなんでも、手軽に発信できるようになった。

顧客管理や予約の仕組み化も含めてサポートしてくれるビジネスもたくさんあるだろう。

わたしはそういうのを人にお願いしたことがないから、正直よくわからない。

けれど、だいたい二つのメリットがあると思う。

  • 一つは、ヒアリングしてもらうことで、自分自身のビジネスをクリアに眺められること。
  • もう一つは、情報発信のノウハウを教授、代行してもらえること。

全体の流れは、すごーくおおざっぱに、下記のようなページでざっくりつかめる。

  1. 施術内容・サービスを決める
  2. 開業する場所を決める
  3. 自分の立ち位置を決める
  4. 資金計画を立てる
  5. サロンの工事や準備
  6. 必要な用品などを揃える
  7. 開業届を出す
  8. お客様の集客方法

よく「のりちゃんは得意そうでいいよね」と言われるのは、集客のための情報発信。そしてそれが苦手、という人が多い。

「できないことは教えてもらったらいいんじゃないでしょうか」と思っているから、「いいよね」と言われても「苦手」と言われても、(So What?)と思う。

セラピー業をはじめて、体のことを扱うとき、フィジカルもすごく大切だと思い、自分にはできないことは、いつもその道の専門に助けてもらってきた。そして、自分でもできるようになりたい、とも願ってきた。

自分はどうなりたいのか。何がしたいのか。どうありたいのか。

ヒーラーであること、セラピストであることは、自分の内側にある葛藤、深淵に取り組んでいくこと、自分自身のパワフルさに気づいていくこと、その開示へのプロセスにもってこいの職業。

とはいえ、それだけは仕事にはならない。

自己探求を裏返して、他者との関わりから見てみる。

何ができるのか。そこにどんな価値が見出せるのか。

価値には、いろいろある。治癒、リラクゼーション、構造アライメントの調整、新たなリソースへつながること、成長、解放、他者観察、エンパワメント、そのほか、何かしらの満足。付随的なサービス。お金を使う場である、という価値もある。プライスレスな気づきという価値もある。

こうした施術関係における多層的な価値を、自己/他者という補完関係から知っておくことが、サービスを決めるうえで、それを世に発信するうえで、もっとも大切なことかなと考えている。

キャリアアップなどでよくやる強み・弱みなどの自己分析は、ブランディングには必要になるだろうけど、ヒーラー、セラピストに限っては、自己分析とは異なる「内側」の深みがある。

  • 自分がこういうセラピーを受けてよかったから。
  • こういうの習って、効果がありそうだから人にもやってあげたい。

そういう動機の、もっともっと深み。

ボディートークを仕事にしたいという人には、「あえて左脳的なフォーミュラ作り」をおすすめしている。

茫洋としたプロトコルチャート探索に船出する前に、解剖生理学や階層的な情報のとらえ方を見て、そこからどうフォーミュラが組み立てられるか、そういうレシピ作りを研究する。

ボディートークの施術者が創作料理の料理人だとして、まったく素材から自由にこさえることが創作だろうか。おそらくその料理人は、基礎となる食材知識や、和食や洋食のレシピを熟知しているはず。

医療従事者や柔道整復師、鍼灸師以外でボディートークを学んだ人には、そのレシピが少ないから、どんどん研究をする。

通常のセッションでは、そのレシピを顧客の症状に当てはめるのではなく、いま何が優先かを問いかけていくインネイトの探索にまかせる。

実のところ、インネイトにとって知識もレシピも必須ではない。

レシピを必要とするのは、顧客のほう。

顧客は、メニューを見てあなたにオーダーするかどうかを決めるのだから、レシピなしでメニューは組めない。

少なくとも、一日何件の安定したセッションを維持したかったら、魅力的なメニュー作り・レシピ研究は必要だろう。

そうすれば顧客は、自分の抱えているトラブルや症状、リクエストに合わせて、ボディートークを具体的にイメージできる。

ボディートークは左脳に引っ張られるのはまずいので、セッション中はエネルギーフィールドを感じることでゾーンに入るようにしているし、どうやって感じるのかを人にもお伝えしている。

そのようにレシピ作りや感覚を深めていく中で、「自分に何ができるか」「それにマッチするお客さまはどんな人か」が、具体的に何パターンも組み上がっていく。

何がマーケティングか、と問われれば、これがマーケティングの基本だ。

マーケティングは自分のためにやるのではなく、顧客に無駄足を踏ませないためのものだ。

ひいては自分のためになる。マッチしなくて無駄足を踏ませれば、自分の評判もエネルギーも落ちる。

左脳的にレシピ作りをやったら、それをジグゾーパズルにして右脳的にもイメージする。できること・望むことが、ぴったり合うように。

ボディートーク以外でのヒーリングでも同じだと思う。むしろ、それ以外のセラピーの説明はもっと楽なのではないか。

顧客の望むことがエゴの満足なのかエゴの手放しなのかはさておいて、できること・望むこと(こんなトラブル、症状、リクエストがある方に、私はこれこれを提供できますというメニュー)を書き出して、連絡先をつけておけば、それで情報発信は十分。

まあ、今の情報社会では埋れてしまうので、ブログでも書けばいいんじゃないかなと思う。書くことがなければ、自分が勉強していることのメモでもなんでも書けばいい。

その時、自分語りが好きなのか、モノ語りが好きなのか、意識するといいかも。自分語りに顧客は自分自身を重ねるかもしれないし、学んだこと、出来事、体のことなど、モノ語りをメインにすると、そっちに興味のある人が見てくれる。

ジグゾーパズルをアップデートし続けることがないと、「いわゆる」マーケティングは何をやっても上滑りになる。

もっといえば、ある程度の規模やブランディングを望まないのであれば、潜在意識のジグゾーパズルさえあれば、「いわゆる」マーケティングはほぼいらない。とくに最初は。規模、認知、洗練、効率、フィードバックなどを求めるときには必要になる。

ボディートークのセッションに祈りは不要か。

「祈り」という定義にもよるけど、ボディートークのセッション中に何か祈っているとしたら、それは施術者が課題を持っていると言えるし、気が散っている(と、たしか基礎モジュールで習った記憶がある)。

コヒーレントな波という意味においてであれば、セッションの実施がすでにコヒーレントな波。

祈りの本質的なところでいうと、祈りは瞑想と同じで、どこかから訪れるもので、その訪問者のために自分を空っぽにしておくようなところがある。

お金は見返りとしたら、純粋なエネルギーとしてのお金をどうとらえたらいいか。

お金は見返り、という定義をアップデートした方がよい。少なくともセラピーにおいては。

治癒効果、時間的空間的サービス、満足感などを提供した対価という意味で、見返りにお金をいただく、という定義を持ち続けたいのだとしたら、お金の循環についての意識を深めておかないといけない。

わたしは少なくとも、セラピーとお金の交換、という意識は持っていない。その意識に引っ張られたらアップデートするようにしている。

どんな映画で、「見返りを求めない愛」というのが出てきたのかと聞いたら、白鳥哲監督の『蘇生II』だという。EM菌を特許にせず、いろんな国や自治体に教えにいく、比嘉教授の生き方だ。

わたし自身は、たぶんアジア的な慈悲の観念が強いので、セラピーは誰もが受けたいときに必要なものが受けられる、提供する側は見返りを求めない、という考え方を持っている。

もちろんいろんな経費や研究費もかかり、「誰もが受けたいときに」を実現するには、だれかが経費負担して維持する仕組みは必要になる。

だから個々のクライアントに施術料を負担してもらうことに、つねに葛藤を感じている。

それはお金のブロックとか、お金が綺麗・きたないという解釈の話ではなく、治癒にかかわる人間として葛藤を引き受けたいと思っているから、引き受けている。

そして、何か大きな社会不安があるとき、だれかが困っているときに、自分が持っているものを何らかの形で循環させるようにしている。

お金は、今の社会では大きな価値を持っている。しかも便利でハイエネルギーだ。思念もいっぱいくっついて回るから、浄化も必要になる。

とはいえ、お金だって時間や空間と同じ、エネルギーでしかない。

施術料としてエネルギーが動くとき、顧客側は、別の新たなエネルギーが循環する。重い感情や体の滞りが、お金というエネルギーとともに流れていくことは、とてもわかりやすい。

施術者側は、そのセッションにいたるまでにかけたエネルギーが循環する。それは次のセッションまでの新たなエネルギーになる。

セッション時間や技術料は、物質を扱ってないのだから、代金に換算できないものだ。

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