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「嗜癖」「トラウマ」 握りしめているストーリーを手放す / 二人称の身体

「嗜癖」「トラウマ」 握りしめているストーリーを手放す / 二人称の身体

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11月下旬の土日のいずれかで、「嗜癖」「トラウマ」をキーワードにした解放エクササイズのワークショップを開きたいと草案を練っています。

少し前にfacebookでも紹介した、「ハンナ・ソマティクス」。

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企画がかたまる前に、経緯をお話します。

人には誰しも「自分の人生はこうだった」というストーリーがあります。
ときにはそれが、自分の未来を制限することもあります。

例えば。
●人が信じられない。なぜならイジメにあったことがあるから。イジメたほうは忘れているのがくやしい。

●昔はよかった。いつからか人生の歯車がおかしくなってしまった。昔の自分に戻りたい。

●親が過保護で、自分のやりたいことをぜんぶ奪われた。だからほんとうの自分が見つからない。

どれも、過去から意味づけられた現在、または過去の栄光に執着した未来への期待があります。

わたし自身の例でいえば、女性でいることがあいかわらず居心地よくありません。

女性は嫌だとおもって、何十年も過ごしてきました。

今朝、ふと思ったのです。
「女性は」という主語はどこからきたんだろう。
もし単に自分が何回か嫌な目にあって、それを「女性は嫌だ」と一般化しているだけだとしたら?

女性という大きな意味づけを持ち込んでいるのはわたしであり、それを外すとストーリーは一変し、単に、わたしの中で起こったいくつかの出来事と、その反応パターンだけが残ります。

生活行動の中で習慣化し、やめたいけれどやめられない反応パターンを「嗜癖」と呼びます。
感情の変調や肉体面の拘縮を引き起こす反射パターンを、「トラウマ」と呼びます。

嗜癖は、満たされていない何かの代償行為なのでしょうし、トラウマは、事故や手術、悲しいと感じた出来事などの瘢痕や意味づけから生じます。

満たされない何か、トラウマ的な出来事が何か、つまり原因を知ることが必要なのだと思っていましたが、身体の探求をするにつれ、必ずしも知ることは必要ない、という実感が強くなりました。
むしろ原因へのフォーカスを強めることで、逆効果になることがあると。

今この瞬間の心身の状態において、体に出ている反応パターンに気づき、リラックスできるよううながすことで、新しく幸せな活路を見いだすことができる。

わたしがやっているボディートークには、たくさんのトラウマ解放、感情解放のテクニックがあります。
記憶や感情のエネルギーにアプローチするのは簡単なのです。

でも、日常の体の反応パターンや習慣は、やはり本人のエクササイズや気づきが、とても大切だと感じています。
そのためのセルフケアを探していました。

誰にでもできるメソッドであること。
傷ついた人たちが身をゆだねられる世界観があること。

「ハンナ・ソマティクス」には、それがあるなあと感じ、日本唯一の公認ハンナ・ソマティック・エデュケーター、臨床心理士であり、日本語での著書『ハンナソマティクス』を書かれた平澤昌子さんにお会いしました。

「ハンナ・ソマティクス」のおもしろいところは、大きく分けて3つあります。

1. ストレス反応する部位が習慣化し、リラックス状態を忘れた状態を「センサリーモーターアムネジア」と名付け、そこをもう一度大脳皮質で感じなおすことで、感覚を取り戻す考え方です。
シンプルで力のいらないエクササイズは、この「センサリーモーターアムネジア」の意識化のためにあります。
施術者のサポート、またはセルフケアの両方があります。

2. ソマ=内側から体験する身体に、三次元(高さ、奥行き、幅)を与えたこと。
これは、わたしがやっているシュタイナーのオイリュトミーに通じる考え方で、おおげさにいえば「魂で新たに開く空間」です。
安らげる、自分自身を置く空間を、自ら創るのです。

3. 身体を三人称に分けたこと。
● 内側から体験する身体が、一人称の「私」
● 客観的な肉体が、三人称の視点
●「私」がもう一人のソマと出会うときに体験する、二人称の視点

ハンナの本では、二人称の原始的な体験を子宮体験と呼び、そこから母親、家族、外の世界へ、他者との相互コミュニケーションが広がっていくと書いてあります。

「嗜癖」「トラウマ」をキーワードにした解放エクササイズには、この二人称の視点がとても大切だとわたしはつねづね思っていました。

トラウマが心身のどこかで癒されてないと、対人での施術そのものが、トラウマ体験であり続ける場合があります。

この二人称の視点をはっきりと明示してあることで、わたしはいっぺんに「ハンナ・ソマティクス」が好きになりました。

(ボディートークの意識の原理にも、施術者にとっての二人称について、しっかり記述があります)

エクササイズも個人セッションも、優しく、かつ実感もあるものでした。

ただし、エクササイズが「あちこち伸ばしてがんばること」と思い込んでいる場合、それはまったく緊張がほどけないのです。

まだ根強く残っているその思い込みをなくしたくて、平澤昌子さんから実際に学べるワークショップを企画しています。

わたしは、「過去の自分」と「あなた」に、メッセージを送ります。

ストーリーを握りしめて、苦しみ続けるのも自由。
今を生きることにフォーカスを移すのも自由。
今を生きる選択は、思ったよりもシンプルで優しい。
肉体レベルでは、神経系でこと足りるから。
自ら空間を創り、身体に向き合うことで、新しい現実がはじまる。

新しい身体の体験を、わたしと一緒にはじめませんか?