元日。癌と、ケイ素と、白い紙。


あけましておめでとうございます。

元日早々、母のガン組織が脳に転移したという知らせを受け取る。
再来週あたりには、頭部の放射線治療に入るらしい。

わたしは何を東京でぐだぐだしているのか。という思い、や。
ボディートーカーとして何をやっているのか。という無力感も。


しかしわたしは、その生温かい思いや不安に少しだけスペースをつくり、癌と人間を同一化する思考を見つけては手放し、見つけては手放していく。
そして負の感情の生まれる場所を探し、反対に回して光の中で中和していく。

内的な意識に集中する。
歩きながら。
作業をしながら。
そのリアリティはおそらくまだあまり理解されがたく、けれど、たった一人でもやっていけばいいのだ。

・症状即療法であること。悪性腫瘍も例外にあらず。
・自身の体が、人知や現代科学をはるかに超えて自らを治そうとしているとき(つねにしている)、その邪魔をしないこと。
・邪魔をしている思考や信念、環境からの影響を、極力軽減すること。
・症状が二次的に起こしている痛みや組織変性、それにともなう制限や影響を、できるだけ緩和すること。

まる一日たって、ようやく気づく。

ああ、わたしは悲しいのだ。

母が最初に癌になったとき、ボディートークを受けることを薦めて、「ふつうの治療だけでいい」と拒否されたこと。

(先に勝手にやっちゃってたけどね!←おい)


その療法を、いま自分が仕事にしていること。

当時サポートしてくれた人と、すっかり距離ができたこと。


・・・まあよい。

この世はいつだって素晴らしい。

過去に体が向いて逆戻りすることはないのだから。
過去のことはいつだって頭の中にしかなく、それはいつでも変えられるのだ。


振り返って考えてみたら、肺腺がんのステージ4から、四年以上ピンピンしてるってことか。

アロパシー医学が大好きな生存率という言葉を使えば、ステージ4の生存率は一年で一気に下がる。
ま、抗がん剤のしんどさを除けば、めっちゃふつうに家事してるみたいだけど。

さて。
脳のニューロンと神経核の再生ね。それからケイ素ちゃんたちの出番。
これはもう、土星の力を借りよう。


* * *

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さてさて。

クリスタル・ボディーってなんぞ?

という問いから発し、1/12(金)のボディートーカー勉強会で、ケイ素についてみんなで考えてみることにした。


オイリュトミー学校ではどういう身体をめざしているかが明確にあるので、「クリスタル・ボディーってなんぞ?」という問いも妙なのだが。

シュタイナー自身は、すでに100年前の人である。
その思想や言葉は、今もキラキラと輝いてわたしの胸にせまってくる。
しかしこの100年の間に、現代科学はとくに分子生物学や量子論の領域で飛躍的に変わった。

耳をちゃんと開いてないと、シュタイナーの提言が当時の学問領域を指しているのか、それとも「まさに今のこういうこと」なのか、さらに未来なのか、大切なところをすっ飛ばしそうになってしまう。

大切なのは、彼がどんなおエライことを言っているかではなく、わたしがどう受けとれるか、だ。


勉強会用に資料を作った。

ザ・手書き。

化学の基礎から元素を身近に感じること、DNAをちょい作ってみること、植物でのケイ石と石灰質の相反する働き。
それから人体での重要な元素組成を成す成分の、内的な作用について。
内的な作用とは、ゲーテ的世界観・観察眼に基づいた、事物そのもののもつ力の働きである。
何を受けとり、何を与えるのか。

シュタイナーの農業と生理学からこれを学ぶ。
とはいえ、シュタイナーを学ぶのが目的ではなく、星々との結びつきと、細胞修復のリアリティと、エピジェネティクスについての基礎的な知識を前提にして元素の働きを落とし込むことは、ボディートーカーの直感強化に役立つだろう。


はじめて、自然科学と東洋医学を結びつける人間の精神性も含め、自分がやっていることをすべて関連づけた考察をやってみた。

3日間かかった。

勉強会の資料は、自分のためだけのノートの、何倍も時間がかかる。
しまいには、何のためにやっているのかよくわからなくなって投げ出そうとしたが、内なる声が「自分で自分を否定するな、やれ」という。

ふん。うるさいやつだ。

内側の思考が空気に触れるとき、それはいつもおずおずと、しかしごまかしようもなく、白い紙に絵や文字となって立ち現われてくる。

何十冊も読んだ情報と思考の、ほんの上澄みだけが立ち現われる。

白い紙に絵と文字は、いさぎよくて好きだ。


あ、ゲーテ的世界観についてもっと書くんだったのに。


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