よにんでひとつの耳。板東靜(ばんどうしづか)のレッスン


2年前、こんなことやってたんだ

2年前、こんなことやってたんだ



しづかちゃんのグループレッスンに行ってきました。

上の画像は、2年前の「歌を持ち寄る」ワークショップで、当時まだやっていたfacebookのイベントページのためだけに作ったチラシ。めちゃ力作。
しかも、詩がこっぱずかしい。


今日は午後から、素敵な友人とともに、防音マンションのしづか宅へ。

あ、先にボディートークの話をしとこ。

参加者のお一人は、昨年子宮頸部の前がん段階と診断され、ボディートークと西洋治療を併用してケアしていました。

ちょうど昨日に検査があり、めでたく陰性に変わったとのこと。
よかったなーーー!!
ボディートークでやってることは、ごくシンプルにご本人の自己治癒力に伸び伸びしてもらうだけなんだけど、自己治癒力が伸び伸びするってことは、もちろん子宮だけでなく全身・全環境に及びます。

いったい彼女の意識のなかでどんな変容があって、新しい現実を引き寄せはじめているのか、すごいなーと思います。

ボディートーカーが見せてもらえるのは、そのごく一端だけです。
「なんでもわかるんでしょ?」と誤解されますが、そうではなく、必要な項目だけにアプローチします。
彼女の場合、子宮の意識に「トラブルを抱えている人を助けたがる」というプログラムが入り込んでいいました。これは出口を失った感情の代償プログラムなので、プログラムを外すことで、感情的負荷からも解放されやすくなります。

よく「メンタル」を扱っている、とも思われてますが、メンタルの問題をメンタルの領域から解決しようとすることは、やはり氷山の一角をつついているようにしか思えず、メンタルの問題を引き起こしている上位プログラムを「身体の意識」としてフォーカスしているだけです。

メンタルの上位「Supramental」は、精神の不滅性、精神のビッグピクチャーなしに扱うことはできません。
「Supramental」領域における人間は、自由で、穏やかで、創造力とユーモアに満ちていて、ほんとうに素晴らしいのです。


その領域での心身の活動を地上に開示にしていくには、どうすればいいのでしょう?

ボディートークで、魂にへばりついた曇りをぺりぺりとはがしていくのも方法です。
ただしそれは施術中のエネルギー段階ですから、現実体験はクライアントさんの仕事です。

現実体験の、もっともベーシックで安全なもの。
セッションやワークショップに似ているもの。

それが、この記事のタイトル通り「ひとつの耳」を、みんなでつくって感じることなんです。


しずかに、やわらかに。
魂が驚かないよう、おびえないよう。

今日はあまりにもしずかすぎて、体に何が起こったかを知ったのは、終わってから数時間後でした。


「わたし」と「わたしたち」が、同時にいる。

オイリュトミーは、それをあらゆる感覚器官と身体でつくっていく。
ひたすら、ただ作品のみを通して。


わたしが個人的にしづかちゃんにリクエストしているのは、高いAの音を発声できるように。
ごくごくテクニカルなことです。

ごくごくテクニカルなことですが、高いAの音にまつわる身体感覚、女性性のイメージ、その領域の世界を「聴く」こと、その領域の世界へ「発する」ことを拒絶しているから、声がでない、ともいえます。

特定の声を出さないようにするため、無意識で呼吸も制限される。

原因をほじくってもしかたのないことで、「わたし」と「わたしたち」の耳をつくっていくことで、「聴く」「歌う」の領域を増やしていくことができる。


「わたし」と「わたしたち」が、同時にいるとは、言葉をかえれば、肉体をもったまま次元上昇するということ。


音楽の世界。

どこにも出しようのない感情を受け取ってくれる和音やメロディのかたまりたちがいる。

肉体がいったい誰のものなのかを、動いているのはいったい誰なのかを、思い出させてくれる何を、音の世界は持っている。


しづかちゃんも、今日のレッスンのことを、インスタとブログにのっけてる。

ありがとねー!

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